雛子の毎日

60代主婦の泣き笑いの毎日

思い出の品

旅先で、

あるいは何かの記念に

思い出の品をわざわざ買い求める時もある。

 

これこれの記念にと思っても

実はあんまりピンとくるものがなくても

気持ちのなかで妥協に妥協をし

せかされるようにして記念の品を選ぶ時もある。

そんな時は大抵失敗。

 

人生、一番の失敗品、

無駄にしてしまった買い物は、

結納返しに買ったペアの腕時計だ。

 

当時、結納にダイヤモンドの指輪を貰った。

なんかよくわからない、

知り合いだか親戚だかの宝石問屋に連れて行かれ

当時はほぼダイヤの立爪だったので

三つほど出してきたものの

決まっていて、

後の二つはありえない小さくて粗悪なものだった。

決めていた指輪の引き立て役だったのだろう。

勿論良い品だし、高価なものではあった。

 

そして当時の主流で

結納返しにペアの腕時計か

真珠か新郎あるいは新婦の誕生石のネクタイandカフスだった。

 

カフスはしないと言うし

真珠のネクタイピンは既に持っていると言うので

ペアの腕時計にした。

どんなものが希望か何度も聞いたが

ハッキリした答えがなかった。

 

今思えば、

腕時計は国産ではなく

気に入ったタグホイヤーが良かったらしい。

結婚直前にモラ夫みずから買っていた。

モラ夫の生みの親からは

(モラ夫の親戚関係は少々複雑)

生みの父のお下がりのロレックスを貰った。

 

私は時計と車は国産、と

私の家系ではそんなふうに考えていたので

セイコーの腕時計を買った。

 

カタログを何度もモラ夫に見せたが

今思えば気のない返事だった。

私の好きなデザインでよい、と言うのだ。

当時は私が好きなデザインなら自分も好きだと

言ってくれたのかと勘違いしたが、

自分はセイコーなんぞする気はないから何でも良い

という意味だったようだ。

 

私はセンスということは父を信頼していたので

父と二人であれこれ選んだ。

結局、父がしていた腕時計が一番良いように思い

父と同じものをペアで買った。

 

モラ夫はバンドのサイズ合わせも来店せずに、

適当でいいよ、と適当にサイズを合わせた。

気づけばよかった。

私も馬鹿だ。

 

その腕時計は新婚旅行に一度したきり

二度とモラ夫がすることはなかった。

 

私も主婦だし

高価な腕時計をする機会もなく

ただ大事にドレッサーに仕舞い込んでいた。

 

当時は電池式だったので

時折、ドレッサーの整理をするたびに

電池が切れて時が止まっていた。

電池を入れ替えてもどうせしないのだから、と

そのままただ仕舞い込んでいた。

 

そしてとうとう、去年コロナで在宅時間が増え

家中を整理しまくって、処分することにした。

 

一応念のため、時計店や買取店に持ち込んだ。

当時は一つ10万円くらいした品だ。

だが、30年以上前の電池式の腕時計、

セイコーすら部品もなく

買取店でも拒否された。

そして燃えないゴミに出した。

 

大切に2人で使ったものなら

たとえ電池が切れて使えなくなっても

邪魔だと感じることはなかった。

思い出の品として大切に保管しただろう。

整理をして目にするたびに

忌々しさすら覚える品、

捨ててスッキリした。

 

モラ夫は結婚直前に自分で買ったタグホイヤー

モラ父に貰ったロレックスを

今でも大事に使っている。

 

私は子供が小さいころ

安物の時計をしていたが、

五年ほど前に

シチズンで世界電波、太陽電池

良い時計を買った。

 

さて、

そんなろくでもない

失敗記念品もあるが、

逆もある。

 

昨日、娘を駅まで送る途中、

ハンカチを忘れた、という。

普段なら私が鞄に入れている

ハンカチを貸したりするが

昨日の仕事はホール関係で

私の普段の古いハンカチはちょっと。

行きにちょうど百貨店を通るから

ハンカチを買っていく、という。

 

以前も何度かそんなことがあった。

 

今でも現役で使っていたりして、

あの黄色のハンカチはあの時買ったもの、

とか懐かしんだりする。

 

昨日もホール関係の楽しみな仕事だったし、

記念になるしね、なんて。

可愛い、よく似合うハンカチを買っていた。

 

そんな思い出の品、

たったハンカチ一枚でも

よっぽど値打ちがある。